福所 秋雄
日本獣医生命科学大学 獣医学部 獣医保健看護学科 学科主任

[はじめに]

獣医学・獣医療領域の拡大またその技術が高度化している現在、獣医師にとっては医師と同様「判断を下す専門家」という立場が重要となる。医学分野では医師の指示の下で医療に関わる高度医療従事者(Comedical:看護師、保健師、助産師、臨床検査技師、診療放射線技師、理学療法士等の法律に基づく国家認定資格を有する高度専門家)が多数存在し、医学・診療領域の業務の一部をカバーし、医師を頂点とする高度医療システムが成り立っている。しかしながら、獣医学・動物診療分野では獣医師の下で動物診療に関わる法的に認知された高度獣医療従事者(動物看護師)の存在はなく、獣医師自らがその動物診療業務の全てをカバーしているといっても過言ではない。獣医学領域においては獣医師法及び獣医療法により獣医療に関わる規制がなされており、現在の法解釈ではたとえ獣医師の指示があっても獣医師以外の者が業として採血、輸血・輸液等を含む全ての動物診療行為を行うことはできないこととなっている。

現在、獣医療分野で働く動物看護師が大勢いるが、その存在は法的に認められておらず、動物看護師としての本来の業務を遂行することができない。即ち、動物看護師としての独占業務を有せず、医療分野のいわゆる「看護補助職」と同等の業務しかできないのが現状である。動物看護や動物臨床検査の分野では、現在のところ国家資格の認定制度はなく、民間の任意団体が動物看護師としての資格を任意に認定しているのが現状である。しかしながら、当該動物看護師の民間資格は獣医療を支える上で法的には何の意味もなさず、本来の動物看護師の役割を担っていない。獣医学・獣医療の拡大・高度化に伴い、その適正な看護・検査技術の高度化も必須であり、また、動物看護・検査技術分野における適正な教育を受けた高度技術専門家が必要なことから早期に法律に基づく動物看護師の国家資格認定制度を確立することが必要となっている。

特に獣医療現場では、患畜が言葉を話さないことから肉体だけを取り扱う動物診療になりがちである。人の診療の場合には肉体及び精神の両面から対応が要求され、患者の精神面を支えるのが看護師の重要な仕事であると思われる。動物の場合にも同様に、動物の行動から動物の心を読み取り、さらに飼い主の精神面も理解することが重要となる。この意味で、動物診療においても保健看護の立場から患畜並びに飼い主の精神面を支えるのが動物看護師であると考えても間違いない。このように、獣医学と動物の保健看護学が両輪となる高度獣医療システム(制度)の構築を推進する必要があり、これは、今後、さらに拡大していくと考えられる高度な獣医学・獣医療を展開する上で重要な課題であると考えられる。


[国家資格認定制度確立への道程]

平成17年に開催された農林水産省の諮問による「小動物獣医療に関する検討会」から動物看護師国家資格認定制度の制定に関し、下記の事項が提言された。


 @公的資格化については現状では時期尚早である。
 A民間の看護師資格認定団体、教育機関、獣医師団体、獣医療補助者の団体が協力して教育と資格認定の平準化に向けて取り組むことが必要。

としている。

また、平成20年2月の衆議院予算委員会における農林水産大臣の答弁の中で、上記の内容が確認され、一定の教育レベルあるいは資格認定基準を平準化した上で、国として動物看護師の資格制度化について措置、対応していきたいと回答している。

このような国の対応方針が農林水産大臣から答弁されている訳であるから、動物看護師資格の国家認定制度に向けて、民間団体の実施している任意の認定等の現状も踏まえ、関係団体が共に具体的に検討する必要が生じている。日本獣医師会では、小動物臨床部会の中に動物診療補助専門職検討委員会を設け、関係団体の代表者を集め、詳細な検討を行っている。

これらのことを鑑み;


 @動物看護師民間認定の統一化
 A教育の平準化(教育機関の組織化)
 B動物看護師の全国組織の立ち上げ

を早期に実施することが国家資格制度の確立に向けて必須となっている。

現在、動物看護師の資格認定(民間)は主として動物看護専門学校(2年教育)の卒業生を対象に実施されており、国家資格制度が制定されるまでの移行期間の暫定措置として、私見ではあるが以下の過程を踏むことが必要と思われる。


1) 動物看護師資格の国家認定制度に至るまでの暫定措置

第1段階・・・現在の民間における認定試験(資格認定)を統一化する。
各認定団体が共有する協会(動物看護協会:仮称)を立ち上げ、その協会名で資格認定を行う。各団体の協議の下、試験問題の統一化・統一試験を実施する。この認定制度(暫定)による資格を日本獣医師会が認証する。
第2段階・・・各認定団体の認定試験実施部門を運営も含めて完全に統一化する。新組織(動物看護協会:仮称)を設立する。組織の設立に当たっては、運営等に関し当事者で十分に検討することが必要。この認定制度(暫定)による資格を日本獣医師会が認証する。これにより、当該民間認定資格を日本獣医師会が認証する唯一の資格とする。

第1段階から第2段階では、認定試験の内容は、現状の教育レベル(専門学校2年教育が対象)に合わせたものとする。第1・第2段階と並行して、国家認定制度の導入に向けて下記の具体的な検討すると共に、国(農林水産省)が認定制度の制定を具体的に検討する。


 @獣医師の指示の下で実施可能な動物看護師の独占業務の範囲
 A国家認定試験の受験資格(教育機関)の検討
教育内容(カリキュラム等)
教育年限
教育施設基準・教員配置
 B法整備の検討
新たな動物看護師法(法律:仮称)、施行令(政令)、施行規則(省令)等を制定し、動物看護師(仮称)の独占業務及び認定試験制度等について具体化する。又は、獣医師法等の改正による方法等を検討する。
 C従来の民間認定資格の取扱い(救済措置)の検討
 Dその他

第3段階・・・国家認定制度の導入時
新動物看護教育制度(教育年限)
受験資格:下記の卒業見込み又は卒業者:専門3年教育は最低限必要

 *学校教育法に基づく動物看護専門学校(専門3年教育)
 *動物看護教育を行う短期大学(専門3年教育)
 *動物看護教育を行う大学(教養・専門4年教育)

2)動物看護師が担うべき診療行為の範囲(資格の対象となる業務)

動物看護師が担うべき診療に係る行為としては、日本獣医師会の意向を踏まえた上で下記の臨床看護と臨床検査を包含すべきである。


 @臨床看護:獣医師の指示の下で可能な業務(採血、静脈注射、投薬等を検討)
 A臨床検査:一般検査に加え、獣医師の指示の下での生体検査(MRI、心電図、エコー、眼底検査、X線検査等)を行うことを可能にする。

3)動物看護師の対象とする動物・職域等

人以外の海生動物を含む全ての動物の看護並びに獣医師の指示のもとでの動物診療とする。産業動物衛生及び公衆衛生分野における検査・調査も職域対象とする。


4)国家資格制度制定後の獣医療技術者の名称

獣医師以外の獣医療技術者(現在は動物看護師)の名称(国家資格者として)に関しては、獣医看護技術師(仮称)等が適当と思われるが、今後検討する必要がある。


5)任用制度からみた資格の分担(獣医師限定の任用資格)

獣医療技術者の国家資格化に伴い、獣医師に限定された任用資格の分担を検討する。

例えば、公衆衛生関係(食鳥検査員等)並びに薬事関係(医薬品製造責任者等)の任用資格を獣医療技術者(獣医看護技術師:仮称)にも適用する。この場合、動物看護系大学(4年制)卒業者に限定する。



[動物看護学教育者の育成の必要性]

動物看護師の国家資格認定制度の確立に向けて、専門学校や大学における動物看護教育の専門家(教育者・研究者)の育成が必要となる。現在の動物看護師の養成は、主として動物看護専門学校(2年教育)においておこなわれており、これら専門学校の教育レベルの高度化が求められることになることが予測される。現在、動物看護師養成のための教育者・研究者を育成する大学院等の専門教育機関はない。

現在、動物看護師の養成を目的としている専門学校、短大、大学の動物看護教育には、大方、獣医師資格を有する者があたっているが、将来的には、動物看護教育課程で教育を受けた動物看護専門教育者がその指導者となる必要があると思われる。そのためにも、早期に動物看護教育の教育・研究指導者を育成する大学院を設置する必要があると思われる。

[おわりに]

現在、獣医学・獣医療分野の高度化・拡大化に伴い、動物看護・各種検査技術の高度化が必要不可欠となり、適正な教育を受けた動物看護分野の高度技術専門家の養成が求められている。将来的には、獣医学と動物看護学が両輪となる高度獣医療システム(制度)が構築されることが期待される。特に獣医療においては、種々の手術技法、新たな動物用医薬品・動物用医療用具の開発改良並びに磁場共鳴画像診断(MRI)、X線断層画像診断(CT)、ライナックによる定位放射線治療等の新技術が小動物臨床分野に導入され、獣医療の高度化が進んでいる。これらに対応する獣医学教育の高度化は必然ではあるが、さらに高度化する獣医学領域を考えると獣医師のパートナーとなるより高度な動物看護師の養成並びにその資格の国家認定制度化が必須となっている。